2023.03.10
(御茶の水書房、2022 年、6800円+税)
目次だけを見るとホッブズ、ロックと馴染み深い思想家の名前の並ぶ近代社会思想史の教科書のような印象を受けるが、内容は私的所有の主体としての「個別者(der Einzelne)=私人」と私的所有という枠を超えた真の意味での共同性の主体としての「個体(das Individuum)」との区別という骨太の理論的図式の下で、新たな社会と個人の関係のあるべき姿を探ろうとする極めて野心的な意図を秘めた著作である。
近代的主体が前近代的な共同体的制約から解放された「個人」としての性格とブルジョア的な所有関係に絡め取られた「私人」としての性格の両面性を持つことはしばしば指摘されていることだが、本書では特にこの後者の「私人」としての規定の下にある近代的主体が、お互いの私的利害の対立と資本主義社会における資本による労働の支配を超えて近代的市民社会の担い手としての「公民」的側面を獲得し、私的所有とは区別される「個体的所有」の原理(マルクーゼと平田清明の名が挙げられている)に基づく新たな共同性としての「アソシエーション」を築き上げていく過程が思想史的に明らかにされている。
本書で理論的対極をなすのは、自己の労働力処分権を自らの法的主体としての自由と同一視する「個別者」的視点の限界を強調し、それに資本主義的社会関係の変革により併せて「労働処分権」をも我がものとする「個体」の立場を対置するマルクスと、逆に純粋な「私人」の原理の下での「自生的秩序」からなる社会を理想化し、それを妨害する一切の「設計思想」を排除しようとするハイエクの両者であり、この両極の間に登場する各思想家が位置づけられている。
その中でも、カントの『人倫の形而上学』の私法としての家族法に焦点を当てた第5章では、一般的にフェミニズムの立場に立つ理論家から厳しく批判されている結婚契約を通じた男性による女性の支配を正当化するカントの議論が、当時の土地所有を中心とする私的所有の現実を正面から受け止め、彼の道徳哲学における普遍的人格論との矛盾を隠すことなく顕にしている点で、逆に近代社会思想史における「私人」的立論の問題性に光を当てるものとなっているというユニークな指摘がなされている。
その他の論点も含め、思想史研究と現代的問題の関連を考えながら読む上で教えられるところを多い良著である。
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