1. Home
  2. /
  3. 『唯物論研究年誌』
  4. /
  5. 唯研年誌第28号(2023)エコロジーからの抵抗―支配と抑圧を乗り越える

『唯物論研究年誌』

2023.10.18

唯研年誌第28号(2023)
エコロジーからの抵抗―支配と抑圧を乗り越える

唯研年誌第28号書影

特集 エコロジーからの抵抗--支配と抑圧を乗り越える

 新自由主義とグローバル資本主義が拡大・深化し、エコロジーの危機への対応が世界的な課題となっている。そうした中、近年では資本主義と市場の拡大が危機の克服の処方箋であるかのような言説が横行している。自動車や電力産業、アグリビジネスを中心に「環境問題に対応した」技術や商品の開発が進められ、新市場の創出をめざす動きが主流となり、グローバル資本はその支配力を駆使し、時に国家を動員しながら市場の争奪戦をくりひろげている。めざされているのは社会課題の解決を通じた市場の拡大・深化である。
 しかし、資本主義と市場によるエコロジーの危機への対応は本質的解決策といえるだろうか。その答えは否であろう。資本主義、市場、帝国主義、近代科学、ジェンダーなど、支配と抑圧の構造をラディカルに捉える視点から考える時、その構造の変革と民衆のオルタナティブな社会創造を伴わない、エコロジーの危機への対応はあり得ない。
 他方、こうした関心を共有する論者からは脱成長やアソシエーションなど危機克服のための新しい論点が提示されている。特に近年のラディカルなエコロジー思想は貧困や労働、地域衰退やケアなど、新自由主義によって破壊された民衆世界が直面する諸課題を含め、変革構想をトータルに提示する点に特徴がある。マルクス主義やアナーキズムなど、近代を批判的に捉える思想や運動でも、エコロジーの視点がより活発に導入されている。
 本特集は、エコロジー思想を民衆が支配と抑圧の構造全体を乗り越える営為として捉え、現代のエコロジーの思想と実践が示す射程を明らかにしつつ、それらがマルクス思想を中心とするこれまでの近代批判の思想や実践とどう結びつき得るのかも考えたい。
 まず、冒頭では農業・食料問題をめぐる運動と言論活動を行う印鑰智哉(いんやく・ともや)氏のインタヴューを掲載する。印鑰氏は現代の食料危機の原因が農業関連資本の生み出した工業型農業にあり、その破綻は顕在化しているが、日本やブラジルを実験場に市場拡大する動きもある現状を明らかにする。他方、危機の克服と民衆世界の再構築をめざす動きも活発化しており、その一つであるブラジルから始まったアグロエコロジーの実践をご紹介いただく。
 市原あかね論文は、共進化論やレジリエンスといった環境をめぐる諸概念を整理しつつ、ハーヴェイらのポスト資本主義論において環境危機がどう語られているのかを論じる。そして、近年のグリーンディール構想は成長経済と一体的であり、環境危機を克服できないと指摘して、社会の変容能力の発揮による環境危機の克服とポスト資本主義への道すじを示す。東方沙由理論文では、資本主義的生産関係がもたらす自然の支配搾取の態様と、それとは異なる人間(いのちの関係)を論じ、「エコロジーへのケア」という概念とその養育の必要性が提起される。続く岩佐論文ではマルクスの疎外論からエコロジーおよびジェンダーの構造が分析され、疎外の克服と協同的関係の構築の必要が論じられる。
 竹内真澄論文はマルクスの個体的所有論の固有の意義をうきぼりにする。本論文は既存共産主義運動の専制的性格の克服という問題意識が色濃いが、個体的所有論は資本主義を乗り越えた新たな生産のかたちを労働者階級が作り出し、諸個人の主体性を再建する必要を生産の場で捉えた概念である。これはエコロジーの視点からも重要な論点であり、内容にはやや距離はあるが、あえて特集論文として掲載した。
 会員から寄せられた論稿はすべてマルクス思想からエコロジーの危機の把握と克服を検討するものとなった。ここにも体系的な反資本主義の思想と実践の必要が示されている。本特集で展開された議論は入り口である。学問と社会実践での闊達な議論を期待したい。
インタビュー 食料危機をどう乗り越えるか―グローバルアグリビジネスのための食料生産か、民衆のための生産か印鑰智哉
エコロジーはポスト資本主義をめざす市原あかね
エコロジーへのケアーーいのちの関係の再構築に向けて東方沙由理
マルクスは「生活の生産」をどのように構想したか――エコロジーとジェンダーの視点を踏まえて岩佐茂
個体的所有 その後竹内真澄
印鑰智哉さんのウェブサイト:食からの情報民主化プロジェクト by INYAKU.Net

思想のフロンティア

オキュパイより速く、そして資本主義よりも速く―加速主義における二つの加速小泉空
デジタル労働における支配と抵抗―ネグリ=ハート『アセンブリ』の批判的展開原民樹
平和のオルタナティブ構築に向けた論点―現代世界秩序の批判的把握のために梶原渉

レヴュー・エッセイ

「危機の時代」の戦争と平和の「リアリティ」秋山道宏

研究論文

宣長・昌益の「自然ノ神道」の発展の帰結--『直毘靈』と『契フ論』に見られる〈自然〉の発現吉川宜時
現代シリアにおける「市民社会」構想--読み替えへの抵抗岡崎弘樹

このエントリーをはてなブックマークに追加