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会員著書紹介

2022.07.08

渡辺憲正『『ドイツ・イデオロギー』の研究』

(桜井書店、2022 年、税込 3520 円)

 「初期マルクスこそ、独自の近代批判を生成させ、理論のエレメントを転換したのではなかったか」としるされた『近代批判とマルクス』から33 年の年月を経て上梓される「続編」。本書のひとつの眼目は、マルクス理論の生成とイデオロギー批判の条件形成過程との解明にあるが、この条件形成過程は、マルクス理論の諸要素の大半がふくまれるという「1843 年秋~44 年の著作・草稿」を『ドイツ・イデオロギー』に接合するところに見出されるという。

 『ドイツ・イデオロギー』は長きにわたっていくつもの異なる版が上梓されてきたが、オンライン版テキストの編輯が劃期をなし、『ドイツ・イデオロギー』が「マルクス口述/エンゲルス筆記」によって残されたという説、すなわちマルクス主導説を「ほぼ確定した」とされる(ニュース第 137 号『唯物史観と新 MEGA 版「ドイツ・イデオロギー」』短評記事参照)。本書はその成果をふくめ〈初期マルクス〉の理論的境位を呈示しようとするものである。

 著者によれば、1843 年秋~44 年にマルクスは〈土台=上部構造論(啓蒙主義的理論構成批判)〉・〈市民社会分析(生産様式論・疎外論)〉・〈変革理論(共産主義)〉の理論形成を果たした。〈土台=上部構造論〉はマルクスの理論において終始一貫して維持されるにいたる。

 また『経哲草稿』より、対象への関わりは人間的現実の確証であること、個体性が確証されない事態が現実の矛盾した自己関係(すなわち疎外)にほかならないことが引き出される。こうして、人間の〈自己確証〉の実現と「労働の疎外」を廃棄する人間的解放とが結びつく。変革の主体的根拠は個体性に帰されることになる。

 『独仏年誌』期論考や『聖家族』におけるマルクスのバウアー批判が本書中の狭い紙幅に凝縮されるところにも圧倒されるが、これも、「暴かれたキリスト教」の緻密な日本語訳をものしてきた著者ならではの所業といえる。そしてバウアー批判をつうじたマルクスのイデオロギー批判の条件形成は『ドイツ・イデオロギー』においても貫かれる。

 フォイエルバッハ、バウアー、ヘーゲルにたいするマルクスの批判は、『独仏年誌』『経哲草稿』『聖家族』の時期に生成していたのであり、これらの著作を連続的にとらえることで著者は〈初期マルクス〉の全体的構造をあきらかにする。また、あの短い「フォイエルバッハ・テーゼ」の奥行きが鮮明に描きだされ、そこからもマルクスの思考の軌跡が浮かびあがる。本書は、おそらくは半世紀にわたる著者の〈初期マルクス〉研究に決著をつけた一書である。著者のマルクス把握が的を射ていることは、本書読後はマルクスの叙述がそのようにしか読めないと実感されるところに示されるであろう。

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