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『唯物論研究年誌』

2010.10.08

唯研年誌第15号(2010)
批判的〈知〉の復権

唯研年誌第15号書影

特集 批判的〈知〉の復権

特集にあたって

 知の営為にかかわって、質的貧困化や衰退、共同性や自由の喪失、階層格差などが語られて久しい。多様な情報技術の急速な発展によって、かつてないほど知へのアクセス可能性が高度化しているにもかかわらず、知は断片化し、拡散し、共同の富、人間的・社会的な富としての価値を低下させている。こうした事態にたいしては、テクノロジーの進化の必然的帰結、あるいは教育研究の制度の合理化の必然的帰結と決定論的にとらえられる傾向が強いし、「グルーバル化した経済競争を勝ち抜く」ためとする見解もかまびすしい。しかし、このような知をめぐる状況の変化や「衰退」を当然視せず、批判的かつ創造的に反省するところに人間的知性の特性があり、私たちがたずさわる広義の思想や哲学の固有な役割がある。
 もちろん、知の現状への批判的、創造的反省の課題にたいして多様なアプローチがありうるが、ここで三つの視角から接近する。まず第一に、知の市場化の問題である。グローバル化した資本主義の圧力によって制度的な教育・研究機関の再編が進められ、知が過剰といえるほどに市場へとシフトしている。新自由主義的な知の受益者負担の論理によって、高校、大学など教育あるいは研究組織への平等アクセスの機会が奪われるとともに、知的営為自体も「先端」「基盤」等へと分断・序列化されて共同の真理探究が阻害され、閉塞感さえ生んでいる。とくに基礎研究の軽視傾向は著しく、総合的教育研究機関の巨大産業への従属状況がつくりだされている。
 とはいえ他方で、マス・メディアやインターネットなどの個人メディアの発達が、退廃ともいえる深刻な事態を含みながらも「インフォーマル」な知のネットワークを拡大し、さらに「カフェ」などの市民的文化運動や生涯学習活動に見られる知の組織化を後押しして現代的な知的、文芸的公共圏を開拓するともいわれている。さらに、「ロー・セオリー」「ローカル・ノリッジ」等の諸概念とともに、これまでオフィシャルな場から排除され、縁辺へと追いやられていた知の解放的意味や豊かさが多様な仕方で評価されるようになっている。こうした知の諸領域の動向はどう批判的に診断され、あるいは再評価され、総体としての知の自律的、有機的連携が展望できるのだろうか。
 第二に、思想史的視角から問いたい。暫定的に七0年ほどの時間間隔をとって、とくに第二次大戦後の理性的、構築的な性格の知と、いわゆるポストモダンとして、「若者反乱」時代以来の解体の知との両者にたいする批判的な総括が必要である。前者は民主主義や「社会的なもの」の構築に多大な貢献をしたが、「知的階層性」に基づく権威主義があったことも否めない。後者は、そうした権威主義の抑圧を突き崩したという面で評価できるが、知のシニシズムや瑣末化傾向をも生み、また不平等社会を大規模に復活させた新自由主義への加担も問われねばならない。こうした、構築と解体という知の両形態、両機能がどのように反省されるのか。それらを有機的に再統合した、新しい質をもった知の哲学がニ一世紀の現段階でどう再建できるのかが問われる。
 第三に、未来からの要請を問いたい。しばしば語られる「人類の叡智」という概念が、その真価を発揮しうるには、そこに従来の科学技術知が生んだ疎外を根底的に克服しうる射程がすえられていなければならない。この点で、自然と人間との調和をめざす知の転回が課題となり、また、序列化し、排除する手段としての知に代わって、人間相互を、その多様な背景を越えて結ぴつける和解の知が問われる。だがこれらの課題は言うは易く、行うは難しい。私たちがこのことをどう受けとめ、積極的に応答しうるのか、今こそ問われている。

座談会◎批判的〈知〉の復権と課題石井潔、尾関周二、中西新太郎
大学教育における「知」の地殻変動と「教養」のゆくえ児美川孝一郎
NIE(教育現場における新聞活用運動)に見る知の市場化と反批判知的教育野原仁
批判知としてのフェミニズムの課題海妻径子
環境論的知の転回とその射程――「五つのリアクション」における近代批判の立体的構造上柿崇英
ラテンアメリカにおける批判的知の形成――パウロ・フレイレ、民衆教育から世界社会フォーラムへ大屋定晴
ハイエク知識・認識論の問題点の一端――新自由主義的知識・認識論批判序説竹内章郎
批判理論における労働の問題――アクセル・ホネットの労働論日暮雅夫
フランスにおけるカルチュラル・スタディーズの受容と背景森千香子
民衆的工藝の可能性吉田正岳

思想のフロンティア

現代進化論の哲学的境位――細胞内共生進化説を中心に稲生勝
今日における福祉思想の課題を考える池谷壽夫

レヴュー・エッセイ

一九六八年のアクチュアリティ――不在の〈言葉〉を求めて出口剛司
「小国主義」について加藤恒男

研究論文

新学習指導要領における「持続可能」概念についての研究久保田貢
防衛戦争は是認されうるか――ホッブズとカントをめぐって小谷英生
民主化運動と韓国マルクス主義平田文夫

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